小樽一人で行ける立ち飲み、角打ち格安で楽しいお店

小樽の元角打ち  石川源蔵商店

小樽は北海道の経済の中心であったことはご存じだろうか。

明治5年新橋ー横浜間に鉄道が敷かれてから、わずか8年後の明治13年に旧手宮線の鉄道が敷設された。

それによりニシン、石炭、木材、鮭缶、カニ缶等多くの資材が小樽に集まり全国或いは世界中に運ばれた。

大正末期には北のウォール街と呼ばれて日銀、三井銀行、安田銀行、第一銀行他道内で一番多くの銀行支店が

あり三井物産、三菱商事、日本郵船、山下汽船等一流企業が軒を連ねていた。

旧興亜火災や旧千代田火災などは創業の地のひとつであると言われている。

小樽には人と金が集まり我が世の春を謳歌していた。

船に資材を運ぶために多くのはしけが使われ、そのため運河が作られた。はしけを使って船へ荷揚げ荷下ろしを

おこなうために多くの沖仲仕らが働いていた。重労働である。

仕事を終えた冲仲仕たちは、その足で酒屋さんに走り、酒を買い取る物も取り合えずその場で酒を飲んだ。

そうして人心地ついてから小樽各所に点在していた花街に繰り出していたのだろう。

そんな風に酒屋さんで立ち飲みすることを角打ちと言った。

酒枡の角から酒を飲むので角打ちと言うらしい。

小樽にはそんな酒屋さんがいっぱいあった。

今回ご紹介する石川源蔵商店も明治24年創業のそんな酒屋さんだ。

8,9年前まで角打ちをしていたが、店主高齢の為か閉店してしまった。

しかし昨年、某有名自動車メーカーのエンジニアであった息子さんが定年退職して帰樽し、立ち飲み屋を再開

したのです。

酒屋さんはしていないので多分角打ちとは言わないのだろう。立ち飲み屋さんなのである。

創業時からのものであると思われる趣のある建物で、往時をしのびながらグラスを傾けるのは小樽ならではだと

思う。

つまみなんぞは無きに等しい。そんなものはどうでもよろしい。

歴史ある酒屋さんで店主や近所の人なのか、そこいら辺の事情に詳しいおじちゃんの昔話を聞きながら酒を

飲む。

それから花街へ繰り出せばいいのだ。

ごめん!小樽にもう花街はなかったんだー...

花園のスナックで勘弁して~

以上

尚、商社マン、銀行員、地元の資本家たちは角打ちなんぞには行かず、今もなお、その栄華をとどめる高級料亭

でうまいことをしていたのだろう。

それについてはいずれ触れることがあるであろう。

 

 

 

 

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